第〇日目

 森見登美彦のいくつかの小説に、樋口さん、という姓氏の男が登場する。それぞれの小説に出てくる樋口さんは、全て同一人物であるか、僕にはよくわからないが、どの樋口さんも、なすびか、あるいは天狗のような人物として描かれている。したがって、もしかすると、なすびにして天狗の樋口という男が無数に存在しているのかもしれない。

 僕が今、語りたい樋口さんは、『四畳半神話体系』という小説の中で、ちょうど一冊の本を読み終えたところの、樋口さんである。彼はそのとき、本を手にしながら号泣していた。なぜ号泣していたのかというと、非常に感動したからだそうだ。彼がそのとき手にしていた本こそが、ジュール・ヴェルヌの『海底二万海里』である。樋口さんは、『海底二万海里』をただ読んだのではない。彼は、(確か)一年もの歳月をかけて、一冊の本を読んだのであった。

 僕は、樋口さんがやり遂げた「一年をかけて『海底二万海里』」を読む」という営為に、強く惹かれた。
「ああ、僕も、海底二万海里の旅に出たい!!」
それが、今日から大体二週間ほど前のことであった。それから二週間をかけて心の準備をしていて、今日ついに、僕は出航を決意した。僕は八月の後半を実にストイックに過ごしてきたから、財布には千円ほどの余裕があった。それを旅費に充てたのである。

 まず僕は本屋に行き、角川文庫版『海底二万海里(上)』を買った。千円札を出して、お釣りが五百円玉。本代は五百円丁度だったのである。素晴らしいことだ。それから、ダイエーの文具コーナーで、大学ノートB80枚、348円を買った。これで手元には152円が残った。僕は常々、本と文具に金を惜しむ人間は立派な大人になれないと信じているので、これは全く苦にならない。ついでに、お茶代が140円で、本日合計988円の出費である。

 本日は、2009年の9月1日である。台風一過の猛暑が、我々の体力を容赦なく奪う。だが、晴天に恵まれ、これほどの出航日和もない(台風一過という状況が、航海にどのような影響を与えるかわからないのだけれど)。僕が9月1日を出立の日に選んだのには、もう1つ、ささやかな理由がある。(本日を含め、)365日後は8月31日であり、やがて来るべき旅の終わりが夏(休み)の終わりと重なって、素晴らしいだろうと考えたからである(あってるよね?)。

 具体的に、何をするか判明に書いていなかった。僕は、一年で、角川文庫版『海底二万海里』の上下巻を読破しようとしている。確か、上下で約700ページほどであるから、一日に2ページ読めば、一年で読み終わることができる。読んだところの、感想や考察や疑問点やなんやらを先ほどの大学ノートに書き付ける。それをアップロードしたのが、このブログ、ということになるだろう。

 僕は普段、というか、これまでは、amebaブログにて、拙著?『陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ』を執筆しているのだけれど、今回はちょっと毛色の違う企画だし、なんというか、アメブロでは表現できないような種類のコンテンツになるだろうという直感と、あと単にアメブロの方だと管理が非常に面倒なことになりそうなので、はてなでやってみることにした。これが僕にとっては、ほぼ、初はてなであって、操作が下手くそである。その点に関しては、暖かい目で見守って欲しいです。

 もう能書きはどうでもよくなってきた。はやく先に進みたいと思う。僕は、「海底日誌」などという安易なタイトルをつけて、第〇日目の日誌を公開したのだった。

出航!